死後、どうだったら嬉しいだろうか
死後どうなるかの見解は様々だ。
一般的には死後の世界が存在するとされており、その死後の世界がどうなっているかは宗教や個人の思想によって異なる。例えば、生前の行いが良ければ理想の世界へ行き、悪ければ業の報いを受ける世界に行くとか。はたまた、次の生命になって生まれ変わるとか。
個人的にはずっと死後を「無」だと考えている。これはなにもない世界で意識だけあるとかではなく、意識すらない状態。つまり、「死の後」、もっと言えば「主観の死」というのは存在しないということだ。
ただ、どうせ存在しないと思っているなら、死んだあとどうなるかを勝手に期待して作り上げた方がそれに向けた人生が面白くなるのではないか、とも思う。
なので、私が死んだら私はどうなるか、どうなったら嬉しいかをこれから考えてみる。
死の瞬間
いつどう死ぬかは分からないのであくまで願いとして、自宅だかベッドの上だかで意識が遠のいて死ぬと仮定しよう。
その瞬間、まず欲しいのはエンドクレジット。私の人生にそれなりに関わってくれた人たちの名前を羅列してほしい。
父 〜〜
母 〜〜
高校編
1年時担任 〜〜
2年時担任 〜〜
3年時担任 〜〜
友人1 〜〜
友人2 〜〜
友人3 〜〜
社会人編 第一期
株式会社〜〜
代表取締役 〜〜
先輩1 〜〜
先輩2 〜〜みたいな感じで、死ぬまでに出会った人たちの名前を見て懐かしくなりたい。「この人のお陰で人生変わったな〜」とか感慨深く頷いていたい。
このときに掛かる曲も指定しておこうかな。まずはエンドクレジット全体がどのくらいの時間になりそうか計算してみよう。
これまでのおよそ30年だけだとエンドクレジットに乗りそうな人数は30〜40人(半分は親族)くらいかも。私は人付き合いが狭くこれからの人生でもそんなに仲いい人は増えないと思うので、まあ人生で合計50人くらいとしとくか。
画面(画面?)に収まる人数は10人くらいかな。計算が大変なので下から上に流れる方式じゃなくて画面がクロスフェードで切り替わるような演出を想定しよう。そんで1画面あたり10秒程度表示される。
そうすると、10人の名前が書かれた画面が10秒表示されるのを5回繰り返すことになるので合計50秒。
50秒!?!?!? 自分の人生、薄っ!!!!!
1曲かけることもできないな。じゃあ曲の一部分だけ流すか。
それなら、SOUL'd OUT の「Dear My Cru」の2番のサビを、そのまま曲のアウトロに繋げる編集をした上で流してほしい。
当該部分の歌詞がとても好きで、聴く度に「人生ってそうだよな〜」と思う。
Hey 何故に人は夢旅路の途中で
想い出まで捨ててしまうのだろう
叶わぬ儚き美しさはいらない
だけど "振り返るな" そう決めたはずの日々が
こんなにも美しいだなんて
知らなかった おまえに出逢うまでは
自分の一番好きなアーティストの曲で人生を締めくくることができたなら最高だ。
エンドクレジットのあとは、リザルト画面も見たい。
リザルト画面というのはゲームをクリアしたときとかに出る評価や記録の画面で、クリアまでにかかった時間、ゲーム内での特定行動の回数・時間、といった評価が書かれている。
評価項目もこちらで指定するとしたら「楽しんだ回数と時間」「悲しんだ回数と時間」「ゲームの総プレイ時間」「音楽の総視聴時間」「ファミレスでハンバーグを頼んだ割合」あたりが見れると嬉しい。
逆に、クリアランク(どれだけ高いスコアでクリアできたか)とかはいらない。
そうやってリザルト画面を出してくれたら、自分の人生がどれだけ充実していたか、逆にどれだけ悲劇だったかが分かって次に進める。
そしていよいよ、死後に私が行きたい世界を考えてみる。
死後の世界
子供の頃、学校の行事で広い公園に行ったときに、どういう経緯であったか忘れたが、原っぱで横になりながらオカリナ奏者による演奏を聴いて、そのうち眠ってしまった記憶がある。あの瞬間、私は人生で最も天国に近づいていたと思う。記憶している中で、真に完全な安らぎを得たと実感した唯一の思い出だ。
なので、死後はその状況からスタートしてほしい。20代前半くらいのある程度の若さの肉体と死の直前の成熟した魂を持った私が、小春日和のような明るさと暖かさに包まれ、オカリナの優しい音色とほのかに涼しいそよ風を感じてゆっくりと目を覚ますところから。
体をのそっと起こして周りを見渡すと、雲一つ無い空の下、果てしなく続く草原の中に1人いる。視界を緑々しい芝とパステルブルーの空で上下に二分される。空気が澄んでいて、思い切り息を吸えば慢性鼻炎から解放された鼻の両側からなんの障りもなく太い空気がどうっと入ってきて肺を満たす。
そんな究極の安らぎで構成された空間があってほしい。
しかし、死後の世界はもっと様々な個人的ニーズに対応していてくれると嬉しい。
情緒的で感傷的な空間だけでなく、たまにはガチャガチャしたところで過ごしたい。
なんか知らないお祭りとかやっていてほしい。
屋台は種類別に整頓されていて、お店を一周するのにさほど時間がかからない規模の。そこで箸巻き、フライドポテト、ももの焼き鳥(全部安全かつ衛生的)をまず買って、ある程度埋まってるけど競争は発生しない程度のベンチとテーブルに座って、飲み物を買い忘れたことに気付いて、同行者に何がいるか訊いて、荷物を見張ってもらいながら自分は近くの飲み物のテントに行き、向かって左手側のビールを無視して右側のソフトドリンクコーナーででっかい水色のクーラーボックスから氷水に浸されたお〜いお茶とカナダドライのジンジャーエールを救い出し清潔なタオルで拭いてもらった上で受け取り、ベンチに戻ってコーヒーとかはなかったことを伝えて第二候補のお茶を渡し、別にここじゃなくても話せる話でひとしきり盛り上がりたい。
死後にもそんなのがあってほしい。
他にも、めっちゃいい音響でめっちゃでかいスクリーンのある空間とかも欲しい。そこで映画見たりゲームしたりしたい。
それから、私以外の魂も集まれる場所が欲しい。たまには喋ったりゲームしたりしたい。でも相手の死後の時間を拘束したくないから、なんか魂のコピーとかでいい。
あとは、そうだな、ハウステンボスも営業していてほしい。そんで、無料でフォレストヴィラ(自然と共存したパーク内コテージ)に連泊もさせてほしい。
改めて考えると、あまりにも都合が良すぎるかもしれない。でも、どうせ時間と空間を無視して考えるなら、これくらい理想的な世界の方が良い。
そしたらいつか死ぬことの寂しさもちょっとだけ紛れるかも知れない。